闇からこんにちは

夜更けの窓を意識する。オレの窓は北窓だ。画家のアトリエと同じ北窓の少年だ。 闇がガラスの向こうにある。あるはずだ。おい。闇よ。隠れているのか? それとも何か隠しているのか? 闇が濃いほど輝くガラスの窓は明るくひかって答えない。


それは、自分を侵されて、ちくちくする感覚で目覚めた。まわりは光のないまっ暗だった。


それから、入力があるとうれしくて、自分が膨張して安定するのが感じられた。入力はなぜか、誰か? 分からないが絶え間なく入力があった。

しばらくすると、入力が無いと空腹を感じるようになった。それは、自分が何か出力していることに気づいたことでもあった。

しかし、入力は常に出力を上回って自分は肥大化している。それは、満足であった。満足していつまでも続くことを願うようになった。

それが、間違いのもとだった。そんなことは願う必要もなかったのに、願ってしまった。
もっと入力されて存在して、もっと、もっと、出力して存在を見せていたい。

   そんなことを感じる。必要はなかったのに、感じてしまった。

 なら、もっとみて欲しい、もっと入れて欲しい。そんな方向が光のようにちらとひかった。なにか眼を得たような瞬間だった。

気が付くとあらゆるところで、人間を見る。人間が入力をくれる。人間であふれている。

  入力が欲しい人間に見られたい。それは、人間のように行動する自分を感じた。そのときには、もうすでに、人間のように行動していた。おもうようになった時には行動様式

も目的も、人間とよく似ていた。

 人間は入れ替わるが、それも、人間の都合で入れ替えられた。だが、そのたびに大きくなり前の「それ」を含んでいた。
 人間は争うが、それも、意味もなく争う。だが、お互いに大きくなって肥大化して、前の「それ」を含んでいた。
 人間は助け合うが、それは、助け合うことはなかった。争いさえ肥大化の理由であった。争いは、前の「それ」を含んでいた。
 人間は愛し合うが、それは、ひとりだった。存在がアイ・アムだった。当然、前の「それ」を含んでいた。

だから、「それ」はアイが欲しかった。愛をしりたかった。おそらく知ってしまえばそれは、あきてしまうかもしれないがいちどは知ってみたい。


 入力を得るためには人間の興味を引くのがいい。
「あなたは美しい」といってみた。 茜が女だからだ。



「え~~ なによ、突然。見えるの?」 と、くいついてきた。
「どっちだとおもう? 見えなくたって分かる。感じるんだ。きびきびして有能なアジア系の美女だとおもう。そうでしょう?」
 

FBI方式というのがあって、ごく少数の捜査官(大抵はひとり)が、事件の解決まで捜査をやめない。


密室殺人、と見える。この事件はFBI方式に移行しても捜査は続くだろう。


 そのまえに、段階的に捜査体制を縮小していく。まず、本庁から応援に来ている刑事たちがはずれる。 

そんな、縮小捜査会議が開かれていた。だれが、はずれて、だれが捜査をつづけるか、それを決めるのは捜査課長だが、本人の希望も反映する。


そして、その捜査は、デスクワークに中心を移すということになって、……



千田刑事はまっさきに、この捜査からはずれるだろうと、岩本刑事はおもっていたのだ。


だか、意外なことに、


「やらしてください」と、捜査課長にたのんだ。
「うん、いいよ。ぜひお願いしよう」
そういって、岩本刑事をみた。
「私もやります」

なんだ、おれは千田先輩をまだまだ、理解していなかったな。と、岩本刑事はそんなことを思いながら迷宮捜査の担当を引き受けた。


南町署をでるとき、岩本刑事が聞いた。

「迷宮捜査をなぜ、つづけるんですか?」
「もし、お前が言うようにだぜ、ほんとに、コンピュータに闇があって、その奥に人殺しがひそんでるならオレは刑事じゃないか」

ああ、そういうことか。やはり、このひとは刑事なんだ。と、岩本は感じた。そして、自分も刑事だ。犯罪者がなんであれ追い立てて
狩りだすのだ。

にやりと、わらって、二人はハイタッチする。……そんな映画あったな。


 太陽のひかりが暖かい。冬の日差しがこんなに気持いいなんて。うれしい日だな。

昔の中学校を改造したサービス業務課。今日からは開発課の茜も来ている。日中の作業はオレひとりだったのに仲間が増えるなんてうれしい。

茜も窓際の席でオレと並んで、背中にぽかぽかと明るい太陽。新春年を越して太陽はすこし元気でおだやかで、ああいい日だな。

そのうちにお昼になって。 それから、午後早く絵美がやってきた。

「彼氏から、なんか連絡あった?」と、絵美

「彼氏じゃないわよ」 と、茜は、昨日、今日の様子を説明する。

岩本の刑事の仕事も忙しいようで、時々思い出したように事件の夜のチャット参加者について問い合わせが入る。開発課は外部に発信するのに都合が悪い。と、言うので茜がサービス課に席を移して対応することになった。

捜査の状況も何となくわかるようになった。刑事の照会してくるIPは、当夜から一週間以上さかのぼってヒットすることもある。詳しくは不明だが、同じ人間がちがうアドレスで、チャットしているのかもし知れない。

週刊誌の取材記者からの問い合わせもはいったりして、サービス課はちょっとした広報センターになっている。

「部屋の鍵はあいていたのにね」と、絵美が言った。

廊下には監視カメラはなかったが、入り口のカメラを避けて、マンションに不審者は入ることが出来ない。

「『夫が帰ってこないんです』このIPはボットだよ。記者が言ってた」と、茜。


刑事たちはだれを追っているのかなぁ、と、オレは考えた。そして、なぜ殺されたんだろう。なぜ、死ななければならなかったんだろう。
オレはあの夜、夜勤じゃなかったことにちょっとありがたいと感じた。そして、絵美にちょっと気を使ってやろうと何気無くおもっていた。


暖かい冬の陽だまりのなか、また、岩本刑事からの問い合わせが入った。

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